概要

仏教(ぶっきょう)は、「人間(にんげん)仏身(ぶっしん)になること」、すなわち、「この()成仏(じょうぶつ)すること」が最終(さいしゅう)目的(もくてき)です。(なや)みから解放(かいほう)されたり、病気(びょうき)(なお)ったりすることがあるのは、(からだ)仏身(ぶっしん)(はぐく)まれる過程(かてい)でもたらされる仏果(ぶっか)現世利益(げんぜりやく))なのです。

仏教(ぶっきょう)(しん)じ、(もと)める(もの)は、(だれ)でも(すく)われます。(だれ)でもとは、老若(ろうにゃく)男女(なんにょ)貧者(ひんしゃ)富者(ふうしゃ)も、知者(ちしゃ)愚者(ぐしゃ)も、強者(きょうしゃ)弱者(じゃくしゃ)も、あまねく自他(じた)平等(びょうどう)(むか)えられることを意味(いみ)します。

ただし、「(もと)める(もの)すべてが()れなく、その利益(りやく)にあずかることができる」ということではありません。()たり(まえ)ですが、「(ただ)しく(しん)じ」、「(ただ)しく(もと)める」ことが必要(ひつよう)条件(じょうけん)です。

さて、「人間(にんげん)仏身(ぶっしん)になる」ということですが、仏教(ぶっきょう)は、「人間(にんげん)とは(なに)か」、「人間(にんげん)如何(いか)()きるべきか」、この根本的(こんぽんてき)疑問(ぎもん)(あき)らかにしてくれます。すなわち、命題(めいだい)――(いのち)について――を解決(かいけつ)します。命題(めいだい)解決(かいけつ)して楽土(らくど)(はい)れば、苦悩(くのう)解放(かいほう)されます。

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